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そのものに、初めて出会えた。

8月「自分を知るためのコース」が開催されました。
「自分を知るコース」ではなく、「自分を知るためのコース」です。
<知るため>には、何か準備しておくことがありそうです。
そもそも、<知る>とはどういうことでしょうか?


例えば「自分のことは自分が一番よく知っている」と思っていることがあります。
さて、本当にそうでしょうか?
知っているといっているのは、何を言っているのでしょう?
立ち止まって、自分の内面を観察してみると、新たな発見がありそうです。 



自分を知るためのコース 6日間を振り返って
(30代女性)
この6日間の最後に「私の取り残したキュウリ」を題材に見てみました。
キュウリを見た時の記憶をたどると、収穫をしている私の頭の中には、「見本のキュウリ」の大きさがあって、見本のキュウリと比較しながらそこにあるキュウリを捉えている状態で、大きいキュウリだ、これは1日でここまで大きくはならない、調度良い大きさから2,3日はすぎてる、2,3日は見のがしてる、見のがしちゃいけないのに、この大きさは出荷できない、おいしくない、迷惑かけちゃいけない、私の仕事なのに。
これを一つ一つ見ていくと、私の頭の中にあるものだと気づけていく。そして、頭の中にあるものは、外の世界にはないとなっていきました。
でも、どうしても、これは頭の中にあると思っても、そっちに気をとられて事実・実際に向かえない感じで、どうしたらいいのかが分かりませんでした。
これは一人では難しいと思い、Aさんに話してみました。
Aさんは、「頭の中にあるよね、それはそのままあるけど、意識をキュウリに向けてそこにあるキュウリを見てみて」「そしたら、何が見えてくる?」と私と一緒に見てくれて、そうすると段々、キュウリだということじゃなく、そこにただただ存在するものが見えてきました。初めてそのものに出会えた感覚、やっと出会えた感覚でした。
私の頭の中のものを、そのものとしていた時、それはとても価値のないものになっていました。そして、事実・実際に向き合おうと一人でしている時、私の中の知識や経験の記憶を無くそうとしている思考になってたことに気づきました。スタッフのOさんが何度も「頭の中にあるよね、無くならないよね」と言われているのを聞いていたのに、いつのまにか無くさないといけないと思ってそれをやっていました。
私が頭の中でしていることを自覚していくと、それをしつづけたいか、やめたいか、選択ができるようになる。私はそのものに向かいたいと意志がはたらく。やっとそのものに向かっていくことができる。
誰かと話をしていても、私は頭の中のことで忙しくて、その人に気持ちが向かない。それを私はしつづけたくないし、その人に出会いたい。そして、私自身にも出会いたい、今そう感じています。
 

 

Posted by : school-office | サイエンズ | 18:15 | comments(0) | -
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